リュウグウの異なる地点より採取した2粒子に含まれるアミノ酸の濃度をそれぞれについて求めた.これら粒子が含む,炭酸塩や磁鉄鉱など,水と反応して生成される鉱物の存在量に違いが見られた.炭酸塩を多く含む粒子には,アミノ酸ジメチルグリシンが多く含まれ,他方の粒子にはアミノ酸ジメチルグリシンが検出されなかった.この結果は,太陽系初期の小惑星でアミノ酸が形成され,この時に水が重要な役割を果たしたことが明らかになった.
地球のすべての生命は,アミノ酸が長い鎖状に結合したタンパク質により構成される.これらのタンパク質は,反応の触媒(酵素),遺伝物質の複製(リボソーム),分子の輸送(輸送タンパク質),細胞や生物の構造(コラーゲンなど)など,さまざまな機能を備える.そのため,タンパク質,ひいては地球生命の起源であるアミノ酸の潜在的な供給源を理解することは重要といえる.これまでの研究で,初期地球および地球外環境の両方において,アミノ酸が形成される可能性のある環境が数多く言及されている.ほとんどのアミノ酸には光学異性体が存在し,この量比から,生命が利用するアミノ酸は隕石を起源とするなどと論じられてきた.隕石は小惑星のかけらであると考えられ,それに含まれるアミノ酸は,小惑星が集積する前に形成されたとする説と小惑星が集積した後に形成されたとする説が唱えられる.今回私たちが小惑星リュウグウから回収された試料を解析した結果,水質変質で生じた鉱物の存在量と一部のアミノ酸の濃度に相関を認めた.この結果は,小惑星や隕石に含まれるアミノ酸の総量のうち,少なくとも一部は,液体の水が関与する反応により生成されたことを示唆する.地球や火星の表層が十分に冷却し水が液体として地表に存在するに至る前,液体の水は大きな小惑星前駆体(プラネテシマル)や衝突現象で氷が溶けたところに局所的に存在したと考えられる.したがって,これら小惑星は,アミノ酸を生成するのに非常に重要な環境であり,その環境で生成されたアミノ酸は衝突イベントを経て地球に運ばれたとも考えられる.
太陽系の材料物質は,星と星の間に放出されたガスや塵(星間物質)から構成される分子雲から供給された.分子雲が収縮を開始すると,ガスと塵でできた大きな円盤が原始太陽を中心として回転を始め,初期太陽系が形作られた.塵が衝突を繰り返し岩石質の物質が形成され,やがてこれらの物質が集積し,より大きな小惑星が誕生する.
太陽から十分に離れた太陽系外縁にて形成した小惑星には,大量の氷が含まれていた.氷は水の他,一酸化炭素(CO),二酸化炭素(CO2),メタノール(CH3OH),アンモニア(NH3)などの揮発性化合物と,アミノ酸などの有機化合物を含んでいたと考えられる.やがて,放射性短寿命核種が崩壊することで放出される熱エネルギーが小惑星を温め,氷は溶けて液体の水へと変化した.現在のリュウグウ試料が主に含水鉱物から構成されることから(図1),非晶質ケイ酸塩と水を主とする流体との反応(水質変質)が物質進化に重要な役割を果たしたと考えられる.この液体の水が存在した頃,ストレッカー合成やフォルモース反応などにより,アミノ酸を含む新しい有機物が作られたことが示唆されていた.また,同じプロセスを経て,岩石に含まれる初生鉱物は,含水ケイ酸塩(粘土),炭酸塩,鉄酸化物(マグネタイトなど),硫化物などの含水鉱物を含む二次鉱物に変化した.
数百万年ののちに,放射性短寿命核種が崩壊しきると,熱エネルギーが供給されなくなり,氷天体は冷却され,流体は凍結し再び氷へと変化する.その後,惑星などの天体との相互作用により,氷天体は破砕され,この破片が地球の軌道に到達する.これら氷天体 (小惑星や彗星) の破片が地球表面に衝突し,アミノ酸を含む有機物が地球に供給されたというシナリオを描くことができる.
アミノ酸は,地球上のすべての生物の中に存在する,タンパク質の構成単位である.タンパク質は,反応の触媒(酵素),遺伝物質の複製(リボソーム),分子の輸送(輸送タンパク質),細胞や生物の構造保持(コラーゲンなど)など,生物に欠かせない存在である.したがって,地球上で生命が誕生するにあたり,相当量のアミノ酸が必要だったと考えられる.
これまでの研究で,アミノ酸を形成する可能性のある環境について,初期地球環境と地球外環境が検討されてきた.興味深いことに,ほとんどのアミノ酸には,少なくとも2つの形態があり,その構造は人間の左右の手のような鏡像の関係にある.これらはしばしば右手型または左手型の光学異性体と呼ばれる.地球上の生命のタンパク質は左手型光学異性体のみにより構成されるという特徴がある.左手型光学異性体を過剰に含む隕石は,炭素質コンドライトが知られるのみであり,この隕石中のアミノ酸が生命の誕生に関与したと考えられている.隕石中のアミノ酸は,隕石に取り込まれる前に形成されたとも隕石が形成された後に形成されたとも考えられ,その決着は未だついていない.
今回,私たちは,小惑星リュウグウから回収された二つの粒子を分析し,その中に含まれるアミノ酸の同定とその濃度を決定した.粒子内の鉱物の存在量は別の論文 ( Nakamura et al., 2022) で報告済みである.アミノ酸と鉱物の存在量を比較した結果,粒子A0022にはジメチルグリシン(DMG)と呼ばれる地球外物質に珍しいアミノ酸が多く含まれていたのに対し,もう一つの粒子C0008にはこのアミノ酸がほとんど含まれていなかった(図2).一方,別のアミノ酸であるグリシンの存在量は,C0008に比べてA0022は低く, A0022のグリシンに対するβ-アラニンの比率は,C0008のそれよりも高かった.この比率は,小惑星環境における水を主とする流体との反応の程度の大きさを反映すると考えられ, A0022にC0008に比べてDMGが多いことは流体との反応の程度が高いことによるものではないかと考えられる.
そこで,リュウグウ粒子間でのアミノ酸濃度の違いが,どのような反応によるのかを鉱物の組合せや量比から調べた.炭酸塩,マグネタイト,鉄硫化物などの二次鉱物(水性変質後に形成される)の存在量は,C0008よりもA0022の方が高いことがわかった(図2).特に,A0022はC0008に比べて炭酸塩の量が多いことから, COまたはCO2がより多い領域に存在したことが示唆された.また,β-アラニンとグリシンの比率は,より強い流体との反応の結果を示す証拠と考えられるから,A0022にはC0008よりも多くの氷が存在していたと示唆される(図2).
人間にとって重要な栄養素であるジメチルグリシン(DMG) を商業的に生産する方法のひとつに,Eschweiler-Clarke反応があげられる.この反応において,グリシン,ギ酸,ホルムアルデヒドは水中で相互作用しCO2が発生する.グリシン,ホルムアルデヒド,ギ酸はいずれも彗星に含まれており,小惑星にも含まれていることが予想される.したがって,A0022の置かれた環境でEschweiler-Clarke反応が起きたと考えれば,この粒子のDMGがC0008と比較して高く,グリシンの存在も低いことも説明できる(図2).また,この反応で発生したCO2がA0022の含む炭酸塩の形成に寄与したとも考えられる.
この研究結果は,小惑星環境における流体反応におけるわずかな条件の違いが,アミノ酸の最終的な存在量に大きな影響を与えたことを示す.あるアミノ酸は破壊され,またあるアミノ酸は生成された.この様なプロセスが蓄積された結果,地球生命の起源として,アミノ酸が供されたのかもしれない.
本研究により取得した分析データの詳細は、試料デポジトリシステム(DREAM: https://dream.misasa.okayama-u.ac.jp/)を利用して一般に公開される予定である.