English | 日本語

大量の有機物からなる小惑星「リュウグウ」「はやぶさ2」のタッチダウン時に巻き上がった破片から推定できる有機物量


ポイント

概要

岡山大学惑星物質研究所の中村栄三教授らの研究グループ PML (The Pheasant Memorial Laboratory) は,「はやぶさ 2」のタッチダウン直後 に小惑星表面から巻き上がった破片の色 (アルベド) が表裏で異なること に着目した.解析の結果,リュウグウが含む有機物は約 60% であること が導かれた.望遠鏡と探査機による分光観測からは,リュウグウは数% の 有機物を含む炭素質コンドライトに似た小惑星だと想定されていた.とこ ろが,有機物量がこの想定をはるかに超えるという結果は,リュウグウが 彗星だったことを示唆する.つまり,彗星だったリュウグウは,太陽近傍 を周回する間に氷を失い,有機物の濃縮と岩石の濃集が促進された結果, 瓦礫状かつソロバン玉状の構造になったと推定できる.

この三朝モデルは,「はやぶさ 2」が今年末に持ち帰る試料を解析するこ とによって検証できる.「はやぶさ 2」プロジェクトにおいて JAXA・宇 宙科学研究所と連携協定を締結した岡山大学惑星物質研究所は,フェーズ 2 キュレーション施設として初期総合解析を担当する.従来の想定を超え た発見により,太陽系科学にパラダイムシフトが起きることが期待できる.

なお,本研究成果は 2020 年 6 月 15 日 (月) に公開された科学誌 Astrobiology に掲載された.

図 1 https://youtu.be/-3hO58HFa1M: 2019 年 2 月 22 日,「はやぶさ 2」が小惑星リュウグ ウにおいて第一回目のタッチダウン時に破片が四散する様子.矢印 で示した破片は,回転することによって黒色から白色へと変化する. 図中に示した時間は,実時間ではなく映像をキャプチャしたタイム フレーム.映像クレジット: JAXA 宇宙航空研究開発機構

背景

太陽系が誕生してから約 46 億年が経過した.小惑星にはこの間に蓄積 された初生的な情報から現在までの物質進化の過程が記録されているはず だ.「はやぶさ」ミッションにおいて世界に先駆けて小惑星からのサンプ ルリターンを実現した日本は,後継探査機「はやぶさ2」によってリュウ グウでの探査と試料採取を実行した.現在,リュウグウでの任務を終えた 探査機「はやぶさ2」は地球への帰還の途についた (帰還予定は 2020 年末).

理論やリモートセンシングに基づく科学的推論に評価・判定を下すには, 人類が到達できない場所から試料を採取して地球に持ち帰り,地上の実験 室における詳細な解析を可能にするサンプルリターンが欠かせない.サン プルリターンから大きな成果を引き出すには,「はやぶさ2」によって得 られた観測データを基に,これから届く試料について物質科学的な推論を 事前に行う必要がある.試料の特性に見合った解析方法を準備し,科学的 な成果をあらかじめ予測しておくことが極めて重要なのだ.

研究手法

2019 年 2 月 22 日,「はやぶさ2」はサンプリングを目的とするタッ チダウンに成功した.搭載カメラが撮影したそのときの映像は極めて興味 深い (https://youtu.be/-3hO58HFa1M).

タッチダウン後,「はやぶさ2」はサンプリング・ホーン内部で弾丸を発 射してリュウグウ表面を破壊し,その際に舞い上がった試料を採取し,ス ラスターを噴射して上昇に転じた.搭載カメラは,板状に破壊されたリュ ウグウ表面が巻き上がり,回転しながら四散する物体破片の表裏が白色と 黒色の明暗をなす様子を捉えた (図 1).映像からは,リュウグウの表面 は白色 (明),内部は黒色 (暗) と考えられる.そこで,表面と内部の明 暗 (反射率) 変化を説明するために,有機物を用いた既存の宇宙風化再現 実験の結果を基に,物質の構成を評価した.

研究成果

小惑星の表面は太陽風などの高エネルギー粒子にさらされている.つまり, 宇宙風化の影響を受けていると考えられる.従来の研究者が想定したよう に,リュウグウが始原的な炭素質コンドライト隕石 (CM2 コンドライト: 炭素含有量 3% 未満) 様であるのなら,リュウグウの表面は宇宙風化によっ て暗色化するはずだ.なぜなら,このような隕石は 90% 以上がケイ酸塩 鉱物で構成されているため,この鉱物に含まれる鉄分子が宇宙風化によっ て還元されてナノメーターサイズの鉄微粒子が形成されて黒色化 (暗) す るからだ.

ところが,「はやぶさ 2」のタッチダウンの際の動画からは,巻き上げら れた岩片が回転する際に色が変化し,表面は白色 (明),内部は黒色 (暗) であることが分かった.これまでに行われた宇宙風化を模した室内実験か らは,太陽系初期に氷と紫外線の反応によって形成されたと考えられるア スファルタイトやソリンなどの漆黒の有機物に太陽風の成分である水素や ヘリウムの高速粒子を照射すると,有機物を構成する分子がグラファイト 化して白色化することが分かっている.これらの宇宙風化による有機物と 無機物の反射率の変化を考慮して評価すると,有機物 (炭素) の含有量が 増加するにしたがって,小惑星表面の物質は宇宙風化によって白色 (明) 化することが分る (図 2).リュウグウのアルベド特性を説明するに は,有機物の含有量は約 60% となる.この結果は,隕石を基準とする想 定物質とは有意に異なる.人類がリュウグウのサンプルを手にすれば,有 機物の含有量と違いの原因を断定できる.

図 2: 有機物/ ケイ酸塩鉱物の量比を変化させ た場合の,宇宙風化の進行に伴う相対的な反射率変化の概念図. 宇宙風化の進行に伴い,物質は無機物質の割合が高まると反射率が低 下して暗色化するが,有機物質の割合が高まると明色化する.リュウ グウの場合,表面が内部に比べて相対的に明るくなっていることから, リュウグウは有機物質に富む小惑星だと推測できる.

このように小惑星リュウグウの有機物割合が極めて高いという推測は, チェリャビンスク隕石母天体形成モデル (Nakamura et al., 2019) によって説明できるかもしれない.このモデルは,氷を主成分とする彗星 の核が小天体の高速衝突から生じた破片を取り込み,取り込んだ破片が氷 の昇華によって集積して瓦礫状の構造を持つようになるメカニズムである. すなわち,有機物を含む氷からなる彗星の核が太陽周回の軌道上で周期的 に接近する太陽の加熱により,その表層付近に形成される流体相が,有機 物の移動,濃集,重合・分解反応を促進したのではないか.そして彗星の 核が周回を重ねるうちに氷は全て昇華して失われたと推定できる.また, 氷の核が周回軌道上のケイ酸塩鉱物を主体とする岩塊を取り込んだ可能性 も考えられる (図 3).

さらに,衝突や他天体との重力的な相互作用によって生じる振動により, 密度の高い岩塊は中心へと落ち込む.この過程では,岩塊の自転 (スピン) による角運動量は保存された状態で中心に集まり,氷の昇華に伴い彗星の サイズが次第に減少するため,彗星全体の自転速度は次第に増加する.観 測されたリュウグウの形状がソロバン玉と似ているのは,自転速度の増加 に伴う遠心力が作用した結果なのかもしれない.(図 3).

図 3: 彗星 (氷母天体) が小惑星リュウグウ になるまでの様子. 衝突によって破壊された岩石塊は,彗星が太陽を周回する彗星との衝 突の際に,彗星の核に取り込まれる.また,彗星が太陽に接近する際 に,彗星の核の氷は加熱され,徐々に昇華して消失する.この過程に おいて,有機物は濃集する.そして彗星の核のサイズの減少に伴い, 回転速度が上昇し,ソラバン玉の形状を持つ,有機物に富む瓦礫状小 惑星が形成される.(リュウグウ画像クレジット: JAXA・東京大学・ 高知大学・立教大学・名古屋大学・千葉工大・明治大・会津大・産総 研)

今後の展望

本研究に基づく小惑星リュウグウに関する科学的推論は,「はやぶさ 2」 が持ち帰る採取試料を地球上の実験室で直接詳細に解析することによって 検証できる.
「はやぶさ」が小惑星イトカワから回収した 5 粒の微 粒子の初期総合分析を行った岡山大学惑星物質研究所の PML グループ (Nakamura et al., 2003) は,小惑星を取り巻く宇宙環境を初めて物質 科学的に明らかにした (Nakamura et al., 2012).

私たちはこれらの経験を踏まえ,有機物分析を合体させて世界に類のない 有機・無機物質総合的解析システム (CASTEM plus) を構築した.

「はやぶさ 2」帰還試料に関して,私たちは高次キュレーション分析を担 当し,先述の「CASTEM plus」を活用して初期総合解析を実施する.理論 とリモートセンシングを基に築きあげられた科学的推論に評価・判定を下 すには,「はやぶさ 2」が持ち帰る出所の明らかな天体の試料に直接触れ, 詳細に分析にすることが必要不可欠だ.

帰還試料を解析するにあたっては,隕石に関する従来の研究手法や概念に とらわれず,より普遍的な物質科学を実践する.想像を絶する発見に至り, パラダイムシフトが起きることも充分に期待できる.

人類が初めて手にする地球外物質を用い,これまでにない太陽系物質科学 に挑む.これこそがサンプルリターン・ミッションの醍醐味といえる.

参考文献

論文情報