小惑星は、地球や火星といった固体惑星、あるいは月のような大きな衛星にまで成長できずに進化を止めた天体であり、地球では失われてしまった太陽系の形成初期およびその後の物質進化の情報を記録・保持していると考えられています。また小惑星は、地球上で見つかっている隕石の主な供給源であるとされており、さまざまな隕石を用いて小惑星の化学組成や成り立ちの多様性ついての科学研究が行われてきました。しかし、どの隕石がどの小惑星からやってきたのかという正確な対応関係を得ることは難しい上に、地球に突入する際の大気摩擦により、(宇宙空間に直接さらされていた)隕石表面の情報は失われてしまいます。そのため、小惑星表面で何が起こっているかを知ることは非常に困難でした。それに対して、今回探査機「はやぶさ」によって小惑星イトカワ表面より持ち帰られた試料は、大気の無い小天体上で実際に宇宙環境にさらされていた状態をほぼそのまま保持しています。すなわち、試料を詳細に観察・分析することによって、小惑星表面における活発な物質・物性の多様化の過程を科学的に検討することができるようになったのです。
我々岡山大学地球物質科学研究センターの研究チームは、「はやぶさ」回収試料5粒子(!)の初期分析を実施しました。各粒子の大きさは40~110マイクロメートル (1ミリメートルの約 1/20) 程度と非常に小さいものでしたが、詳細な観察の結果、粒子本体は、かんらん石、輝石、長石およびガラス、あるいはそれらの複合体からなっていることがわかりました。それら鉱物相の化学組成および酸素同位体組成の分析の結果、これら粒子は地球上のものではなく、普通隕石と呼ばれる隕石の分析結果と非常に似通っていることが明らかとなりました。小惑星イトカワ表面には普通隕石に分類される物質が存在しているのでしょう。またそれら物質はいったん900℃程度の温度にまで加熱されたことも明らかとなりました。このことは、イトカワ以前に、その元となるより大きな(直径数十km程度の)母小惑星が存在したことを示しています。
我々はさらに、フィールドエミッション走査電子顕微鏡を用いた微粒子表面の詳細な観察を世界で初めて行いました。その結果は驚くべきものでした。粒子表面には、太陽風にさらされることによる宇宙風化の痕跡に加え、数10ナノメートル (1ナノメートルは 1/100万ミリメートル) の微粒子が極めて高速にぶつかった結果形成されたドーナッツの様なリングを持つクレーターや、衝突のエネルギーによって融解した飛沫が飛び散り付着した様子、さらには1マイクロメートル程度 (1ミリメートルの 1/1000) の破砕された極微細粒子が表面に付着しているなど、人類が初めて見る多様な世界が広がっていたのです。これらの観察は、小惑星(大気を持たない、微小重力天体)表面における活発な物質衝突の結果と考えることができます。
「はやぶさ」による観測から、小惑星イトカワは大小様々な岩石が瓦礫のように積みあがった構造をしているとされています。今回我々の研究によって、それらの岩石(少なくとも一部)は、元々より大きな天体を構成し、それが天体同士の衝突によって破砕され、再び寄り集まることによってイトカワができたと考えることができます。小惑星イトカワが形成されたあとも、その表面に様々な大きさの物体が衝突し、破壊や融解、風化を続けて、宇宙空間に非常に細かい塵を放出し続けているのです。残念ながらそれがどれくらいの時間で起こっているのかは分析に試料できる量が十分でないため、決定できませんでした。この研究をきっかけに、太陽系内の物質の運動や、進化を止めたと考えられていた小惑星表面での活発な物質相互作用についての理解が進むことが期待されると同時に、将来の惑星探査計画の立案・推進に対して、科学を基盤として貢献できるでしょう。