深海底の熱水噴出孔から化学進化の痕跡が見いだされて以来、海底熱水系は生命誕生に適した場所であると考えられてきた。 しかしながら、前生物的化学進化に必要な元素を濃縮させたり、アミノ酸を重合させてタンパク質を作ったりと、 生命の誕生につながる化学反応を促進するには、一時的にでも、水を取り除く必要がある。 一方、間欠泉を伴う陸域の地熱地帯では、乾燥・湿潤状態の繰り返しによる元素濃縮や有機物重合が期待される。 つまり、常に水が存在する海底よりも、陸上の温泉地帯の方が、生命の誕生にとって好都合なのである。
オーストラリア北西部のピルバラ地域には、ドレッサー累層という35億年前の堆積岩が分布しており、その地質学的特徴は、 当時、その場所が陸域の温泉地帯であったことを示している。温泉水が流れたり、溜まったりしていたと考えられる場所には、 前生物的化学進化に必要な元素のほとんどー炭素、水素、窒素、酸素、リン、硫黄、ホウ素、亜鉛、マンガン、カリウムーが 濃集しており、温泉の水たまりに相当する場所には、微生物が集まっていたためにできたと考えられる薄い地層(ストロマトライト) も発見された。
現世の温泉地帯では、大小様々な温泉の水たまりが密集している。温泉の熱化学的特徴は、水たまりごとに異なっており、経時的にも変化する。 異なる特徴をもった温泉水の混合と、乾燥・湿潤サイクルの繰り返しによって、革新的な化学進化反応が促進され、高分子有機化合物の生成、 そして生命の誕生をもたらしたであろう。
ピルバラ地域の35億年前の堆積岩は、火山と陸地と水のある惑星なら、生命が誕生し得ることを物語っている。この宇宙で生命を探すとき、 これらの要素は重要な手がかりとなるだろう。