English | 日本語

彗星(ほうき星)に乗ってきたチェリャビンスク隕石チェリャビンスク隕石の詳細分析から見えてきた新しい近地球型小惑星 (イトカワ,リュウグウ,そしてベンヌ) 形成論


1. はじめに


岡山大学惑星物質研究所の中村らは,2010年に地球に帰還した初代探査機「はやぶさ」により小惑星「イトカワ」から回収された試料の初期分析を実施しました(Nakamura et al., 2012).「はやぶさ」がイトカワ近傍において実施した様々な観測データと分析結果を合わせると,「イトカワ」が,その形成以前に存在した,よりサイズの大きな小惑星が衝突によって破砕し,それによって生じた岩塊の集積体構造を持つこと,「イトカワ」形成後も隕石や超高速粒子,宇宙線などがその表面に衝突し小惑星表層物質の多様性を生み出していることが明らかとなりました.残念ながら,「はやぶさ」回収試料はほとんどが 50~100ミクロン程度の大きさの微粒子であり,十分な試料量が得られなかったため,年代測定などの詳細な分析を実施することはできませんでした.そのため,「イトカワ」形成に関連する最大の疑問,すなわち、いつ,どのような経過をたどり岩塊が集積したのかに関しての物質科学的確証は得られませんでした.

2013 年 2 月 15 日,ロシア連邦チェリャビンスク州に隕石 (以下,「チェリャビンスク隕石」と呼びます) が落下しました.落下の様子は多くの人に目撃され,住民に被害が出たことからも,大きく報道されたのは記憶に新しいところです.このチェリャビンスク隕石は,その化学組成から,地球上で最も多く発見されている普通コンドライト隕石で代表される小惑星「イトカワ」とも成因的に関係があると考えられます.

チェリャビンスク隕石は大気圏突入時の衝撃波により約 30 ㎞上空において破砕され,大気との摩擦により表面が溶融し,多数の真っ黒な小岩片として、真白い雪に覆われた地表に落下しました.地上で発見される隕石は,たとえ同一の化学組成を示していても,別の機会に別の小惑星から地球にやってきた可能性があり,もともと一つの塊であったと結論付けることは一般的に困難です.しかしチェリャビンスク隕石については,目撃情報や雪面への落下状況から,回収された小岩片は,もともと一つの岩塊を構成していたと考えられます.地球への突入経路等の解析の結果,大気圏突入時におけるその大きさは約20メートルだったと推定されます.チェリャビンスク隕石は極寒の地に落下した後すぐに回収されたため,地表における汚染・変質が最小限に留まっていると考えられること,隕石片がもともと一体の岩塊という起源を持つことから,一連の隕石片の関係性を議論できるという特徴があります.

私達は,これらのチェリャビンスク隕石の特徴から,その物質科学的情報を総合的に読み解くことよって,太陽系において隕石の起源となる小惑星の形成過程が明らかになるのではないかと考え,研究をスタートさせました.


2. 観察と年代測定


チェリャビンスク隕石を切断し断面を観察すると,隕石の大半が白色の鉱物相からなっています.また,ところどころに破断した構造が存在し,その一部は黒色のガラス質物質および急冷結晶鉱物により埋められていることがわかります.これらの観察は,かつて秒速数㎞以上の超高速衝突により岩塊が瞬間的に加熱され,これが部分的に融解し,そして瞬時に固結したことを示しています.

元素濃度を電子顕微鏡や二次イオン質量分析計などで調べると,隕石は30~100 ppm程度の水素を含み,この水素の大半が,元々あった鉱物相の内部でなく,割れ目の中に主に水酸化鉄として存在することが明らかとなりました.このことは衝突によって割れ目が形成されたのちに,この割れ目に水(流体)が侵入した結果と考えることができます。すなわち,超高真空の宇宙空間で,水を保持することが重力的にも極めて困難である大きさ約20メートルの岩塊全体が水に浸るという,通常考えることのできない奇妙な現象が起きたことを示唆しています.

さて,ここで太陽系の歴史を振り返ります.太陽系初期に太陽周辺に存在したガスは,温度の低下とともに固体として凝集し,これが集積して小惑星に,さらに合体して惑星となりました.この間わずか数100万年~1000万年で,太陽系の物質分布の大枠は完了したと考えられています.では,その後 45 億年にわたる太陽系の歴史の中で,チェリャビンスク隕石はいつ溶融を引き起こすような衝突を受け,その後,どのようにして水とかかわりを持つこととなったのでしょうか?

私達は,チェリャビンスク隕石から衝突時にできた急冷結晶鉱物を分離し,放射年代測定法による絶対年代を決定することによって,衝突融解がいつ起こったのかの検討を行いました.その結果,衝突が発生したのは約45.6億年前の太陽系初期においてではなく,現在から約 3000 万年前と,ごく最近であることをつきとめました.


3. 小惑星と彗星の関係


解析の結果から,チェリャビンスク隕石塊は,衝突によって鉱物相が部分的に溶解するほどの高温を経験したのち【図 (a)】,少なくとも20メートルの岩塊のまま,約3000万年前から現在に至る時間の中で,太陽系のどこかで水と反応したことになります.もちろん,地球もその一つですが,チェリャビンスク隕石片の発見時の状態から,岩塊が地球の水と反応したと考えることは困難です.では,現在の太陽系において,地球以外で液体の水を持ちうる天体は何が考えられるでしょうか?その一つは,氷の核を持ち,核の 80% を水の氷が占める彗星です.太陽に近づくにつれコアを構成する氷が昇華(固体が液体を経ずに直接気体になること)し,ガスを放出する様は,彗星(ほうき星)の尾として地球からも観察されます.

私たちは,彗星の核の内部でチェリャビンスク隕石(塊)が水と反応したと考えました.雪だるまを転がすと砂が付着するように,太陽系最外縁に位置するオールトの雲もしくは木星近傍に位置する小天体群からやってきた彗星は,太陽系内を周回しながら小惑星帯に漂う岩塊を取り込み,これを保持したまま長楕円軌道を描き,太陽系内を移動することができます.彗星が岩石破片を取り込む時,衝突エネルギーが解放され熱となり,その結果生じる瞬間的な高温と超高圧条件の下,氷は超臨界水となります.超臨界水の粘性は,通常の液体の水と比べ著しく低下し,また高い反応性を持つため,割れ目に侵入し,周囲の鉱物相と反応し,元素の溶脱・移流・濃集を行うことは十分に可能です【図 (b)】.

太陽近傍を通過し周回する彗星の核に含まれる氷は徐々に昇華し【図 (c)】,最後には岩塊・岩石破片と有機物等の不揮発性物質のみが残ります【図 (d)】.彗星の氷の核にもともと含まれていた有機物,そして彗星が太陽系を移動する過程で集めた岩石破片や塵は,凝縮され互いの重力によりゆるく結びついた,岩塊の集積体となるでしょう.この姿は,まさに我々が「イトカワ」において目の当たりにした,リアルな小惑星の姿に他なりません.以上の結果から,「イトカワ」などの岩塊集積型小惑星の形成には,彗星(ほうき星)による物質の集積ならびに濃縮・濃集が大きな役割を果たしており,その過程において流体を介した無機・有機物質進化によって物質の多様化が進んだと考えることができます.このモデルは,「小惑星は太陽系初期に形成され,その当時の状態を今に保持しているに違いない」という従前の常識を覆し,物質科学的証拠に基づいた太陽系内での物質の移動や進化といった物質科学ダイナミクスに関する全く新しい可能性を提示するものであると考えます.


図: 彗星が岩塊の集積体に変化する様子 (a) 衝突によって鉱物相が部分的に溶解するほどの高温を経験します. (b) 衝突によって彗星が岩石破片を取り込みます.衝突エネルギーが解放され熱が発生し,氷は水となって,岩石破片は水と共存します. (c) 彗星の氷は太陽からの放射熱によって徐々に昇華し, (d) 最後に岩石破片と有機物のみが残ります.岩石破片は,氷の昇華により凝集した有機物と一緒に互いの重力によりゆるく結びつき,岩塊の集積体となります.

4. おわりに


岡山大学惑星物質研究所の PML グループは,宇宙科学研究所と連携協定の下、小惑星探査機「はやぶさ 2」により小惑星「リュウグウ」から回収された無機・有機物質試料のフェーズ2キュレーションとして総合的な物質解析を実施する予定です.私たちは,探査機から送られてきた観測結果から,「リュウグウ」も彗星(ほうき星)に起源を持つ岩塊の集合体であると予想しており,岩石破片に加え,彗星に起源を持つ有機物質が,リュウグウに存在していると考えています.私たちは,2020年冬,地球にもたらされるリュウグウ回収試料によって,その予想が証明されるであろうと期待しつつ,解析の準備を進めているところです.

以上は 2019 年 4 月 に日本学士院が発行した雑誌 Proceedings of the Japan Academy, Series Bに掲載された,以下の論文に基づいています.分析の対象となったチェリャビンスク隕石の情報は 惑星物質デポジトリ DREAM にて公開しています.